ゴボウの歴史

食べるのは日本人だけ!?

ゴボウは中央アジアの原産で、中国では古くから栽培されていたようです。日本へは奈良朝から平安初期に伝播したといわれています。とはいえ、中国で食用にされていたのは宋代(10世紀中~13世紀末)までで、現在ではその種子を漢方薬「ごぼうし(牛蒡子)」として咽痛などに用いるのみで、根は一般に食用としてはいません。

ヨーロッパでは利尿剤

ヨーロッパでも古代は栽培されていたようですが、近世では日本からシーボルトの手を経て新たに伝播しました。やはり食用とはせず、民間薬として利尿剤に用いられています。このように世界広しといえどゴボウを食用にしているのは日本人だけです。

名前の由来

ゴボウの名の由来について「月庵酔醒記」に次のような挿話(エピソード)が載っています。

「弘法大師が中国に渡っていた時、大師がある山里に宿ったところ、その家の主は三十歳くらいにしかみえないのに、その人の息子は八十歳過ぎのようにみえた」

「その理由を尋ねると、主の本当の歳はすでに百余歳になっているが、毎日延命草を常食しているので若く、息子は嫌って食べないので老いてしまった」

「その草はその家の窓の近くに植っていたが、大師は主の眼を盗んで牛の綱を解き、その尾に房のようについていた草の実を取って日本に持ち帰った。それで、その草を牛蒡という」

全国に名品

日本では各地でゴボウの名品が作られました。京都の「堀川ゴボウ」、東京近郊の「滝野川ゴボウ」、千葉の「大浦ゴボウ」などが著名なものです。

勝ゴボウ

大浦ゴボウはその品種中最大のものですが、その伝によれば、天慶二年(九三九年)俵藤太秀郷が平将門を討伐した際の祝宴にこのゴボウを用いました。

そしてこの戦勝を記念して、勝ゴボウと名づけ、戦勝を祈願した成田山新勝寺に寄進したという言い伝えがあり、それ以後毎年三百本ずつ寄進するのが慣例となりました。

縁起が良い

正月にゴボウを用いる習慣は上記の挿話にみられるゴボウの縁起の良さと、その根が地中深く入るので、その家の基が安定することを願うことの意味が複合して起こったものでしょう。

きんぴらゴボウの誕生

さてゴボウの代表的料理といえば金平ゴボウですが、そのいわれは、子供の説話で有名な金太郎の時代まで遡ります。

坂田金時の子に金平という豪傑がいて、金平浄瑠璃でよく一般に知られていたので、それ以来、金平といえば強いもののことをいうようになりました。

金平婆といえば意地悪で強い婆様のことをいい、江戸期に「きんひら」といえば、元気で勝ち気な娘のことをいいました。

金平糖ももとはきんひら糖といって甘味を強調したネーミングで、金平ゴボウも強い強精作用を意識して名づけられたもののようです。

ゴボウの魅力

ゴボウは日本では昔から、「船の船頭衆ときんぴらゴボウは色の黒いのがよい」といわれ、強壮の食物として有名でした。古来、陰陽五行学説の立場からは色の黒い食物はみな腎を補う作用を持つとされ、ゴボウは黒ゴマ、黒豆とともに補腎強壮の代表的食物でもありました。

またゴボウの種子は牛蒡子または大力子と呼ばれ、解熱、治咽痛、利尿、排膿作用をもつ漢方薬として中国でも昔から繁用されてきた重要な薬物です。

血液の解毒にすぐれた作用

ゴボウについて、最近の中国の研究によれば、新陳代謝を強め、血液循環を促進し、大小便をよく通じ、女性の血の道をよくし、古血を下し、卒中の予防、胃癌、子宮癌、脚気などにも効果があり、また外用すれば消炎、鎮痛効果にも勝れていると報告されていますし、動物実験では血糖降下作用も確認されています。

以上のようにゴボウは血液の解毒にとくにすぐれた食品です。

諸外国ではどのような理由で食べられなくなったのかは不明ですが、十分見直されてしかるべきものです。